リンコ's ジャーナル

病院薬剤師をしています。日々の臨床疑問について調べたことをこちらで綴っていきます。

ヘルスリテラシーもろもろ-1

最近、「ヘルスリテラシー」に興味を持ちまして。

まずは書籍等で概要を掴みたいと思いまして、色々勉強しました。意外と奥が深くてびっくりしました。ただ、日本ではまだまだ始まったばかりの分野のようで、自分にも何かできるのではないかと思いました。以下、かなり長くなりますが、よろしければお付き合いください。

論文の紹介の前に、大変勉強になった書籍とホームページの紹介をしておきますね。

書籍はこちら。基本的なことから実際の取り組みの様子まで書かれています。興味を持っている方にはすごくオススメです。

 

次はホームページ。こちらはとにかく丁寧で分かりやすく書かれておりますし、一般の方にもオススメです。(今回の論文を読むにあたってもかなり参考にさせていただきました。)

【健康を決める力】このサイトでヘルスリテラシー(健康や医療に関する情報を探し、理解し、活用する力)を身につけましょう 

 

これらで勉強した中で、まず日本のヘルスリテラシーの状況を把握するのに必須のような文献がありましたので、今回はそれを読んでいきます。

Comprehensive health literacy in Japan is lower than in Europe: a validated Japanese-language assessment of health literacy.

(日本の包括的なヘルスリテラシーはヨーロッパよりも低い:健康リテラシーの検証された日本語評価)

BMC Public Health. 2015 May 23;15:505.

PMID:26001385

 

この文献のいわゆるプライマリーアウトカムは、ヨーロッパヘルスリテラシー調査質問紙(European Health Literacy Survey Questionnaire、HLS-EU-Q47)の日本語版が、ヨーロッパと同じように日本でも使用できるかの評価でした。ただ、それを評価した統計がよく分からず…。今回はそこの批判的吟味を行わず、本文に記載されていることをそのまま信じておきます。結果は、日本でも適応可能というざっくりとした感じでよいかなと。

一応こんな感じかと。

 

一次アウトカム(クロンバッハのα)

全項目を含む、一般的なヘルスリテラシー指数(GEN-HL):0.97

ヘルスケアのヘルスリテラシー指数(HC-HL)(Q1-16):0.92

疾病予防ヘルスリテラシー指数(DP-HL)(Q17-31) :0.93

健康促進ヘルスリテラシー指数(HP-HL)(Q32-47):0.94

(確率的因子分析confirmatory factor analysis (CFA)であり、0.9以上なので優れている→ヨーロッパとの内部整合性は有効だった。)→この調査の信頼性と有効性は示された。

 

その他に、この文献ではHLS-EU-Q47のスコアのヨーロッパと日本の差が記載されていましたので、今回はそれをメインでみていきます。

 

HLS-EU-Q47についてはこちらに詳しく書いてありますので、ご参照ください。

http://www.healthliteracy.jp/kenkou/post_32.html

日本語の質問用紙はこちらをご参照ください。ネット上に落ちてました。たぶん日本語訳は合っているかと。

 

47の質問の能力、領域の分類は以下になります。

出典:「ヘルスリテラシー」P53 表3-1 HLS-EU-Q47の各領域・能力と尺度項目の対応

 

能力

健康情報の入手

健康情報の理解

健康情報の評価

健康情報の活用

領域

ヘルスケア(HC-HL)

Q1-4

Q5-8

Q9-12

Q13-16

疾病予防(DP-HL)

Q17-20

Q21-23

Q24-28

Q29-31

健康促進 (HP-HL)

Q32-36

Q37-40

Q41-43

Q44-47

 

では、スコアの結果等を見ていきます。結果は有意差がついたもの、その傾向にあったものを主に取り上げます。

結果

・日本vsヨーロッパのそれぞれの指数

GEN-HL(25.3vs33.8)、HC-HL(25.7vs34.7)、DP-HL(22.7vs34.2)、HP-HL(25.5vs32.5)

・性別(p<0.001)

男性(24.4)、女性(26.2)

・年齢別のGEN-HL(p<0.001)

20-29歳(22.8)、30-39歳(23.7)、40-49歳(24.6)、50-59歳(26.0)、60-69歳(28.2)

・自己評価した生活状況別のGEN-HL(p<0.001)

とても苦しい(24.0)、苦しい(24.6)、普通(25.9)、ややゆとりがある(26.7)、大変ゆとりがある(32.8)

・自治体の大きさ別のGEN-HL(P=0.1)

とても大きい(人口50万人以上)(26.1)、大きい(10万人以上50万人未満)(25.3)、中等度(10万人未満)(24.9)、小さい(23.6)

・学歴(中卒vs高卒vs短大卒vs大学卒vs大学院)では差はなく、収入でも大きな差はみられなかった(250万/年 以下は他よりもやや低い傾向)

 

調査方法に関する指摘

・ヨーロッパの調査では対面インタビューが行われたが、日本の調査ではWebベースのアンケートが使用された→対面のインタビューの方が自分を良く見せようとするため、日本の調査はヨーロッパの調査よりも点数が低くなっているかもしれない。

・日本の参加者は、Webベースの調査を使用しているため、高度なインターネット識字率に偏っている可能性がある。→点数が高く見積もられている可能性あり。

・日本には国立保健研究所も国立医学図書館もないため、MedlinePlus(米国国立図書館)に匹敵する、信頼性が高く、理解しやすく、中立で包括的なウェブサイトがない。日本人が自分の症状や病気の情報をインターネットで検索すると、信頼できないウェブサイトが見つかることがよくある。

 

日本のヘルスリテラシーが低いと考えられる訳

・日本の医学文献を検索するためのオンラインデータベースが存在するが、PubMedと違ってバリアフリーでも無料でもない。一般の人が、興味深いタイトルや著者を持つ日本の研究論文の抄録を見つけて読むことは容易ではない。

・ジェネラリストとして訓練されているゲートキーパー(すなわち、プライマリケアの医師または看護師)が不足している。(ただし、ヨーロッパもすべての国でプライマリケア医(制度)が整っているわけではない。)

 

私の個人的な考察

・今回の調査では年齢が高くなるにつれてヘルスリテラシーが高くなる傾向にあったが、ヨーロッパではその逆の傾向がみられた。原因の一つは今回の日本の調査がインターネットを使用したものであるため、高齢者でインターネットを使用できる=ヘルスリテラシーが高いが、若年層はそれに関わらずインターネットが使えるという事ではないかと考える。あとは、高齢になるほど病気と接する機会が多くなるため、年齢が上の方がそのすべを知っているのではないかと思う。

・日本人は遠慮しがちなので、あまり高い点数はつけたがらないというのも点数が低い理由かもしれない。

・学歴、収入で差が出なかったのは意外。

 

ちなみに、この論文に出てくるヨーロッパ8カ国の調査の原著論文はこちらです。

その調査を詳しくみたものがこちらです(おそらく…)

一括りにヨーロッパといっても国によってかなり違いがあるようです。

 

同様の調査票を使ってアジア6カ国で調査した結果の論文がこちらです。

Measuring health literacy in Asia: Validation of the HLS-EU-Q47 survey tool in six Asian countries.

J Epidemiol. 2017 Feb;27(2):80-86.

PMID:28142016

 

で、こちらがそのヨーロッパの調査とアジアの調査を合わせたGEN-HL指数の国別のグラフです。日本の凹み方はなかなか見事です…(出典:健康を決める力:ヘルスリテラシーを身につける「日本のヘルスリテラシーは低い」)

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全体を通しての感想

私にとってこれらの調査は大変興味深いものです。調査方法がやや異なるので、他国との直接の比較はできないかもしれませんが、概ね妥当な結果なように思います。理由は本文中で指摘されているように、信頼できる情報のサイトの所在が不明、文献検索ツールがない(ここには、英語を苦手としている人が多いということも含まれると思います。)、プライマリケア医のような困ったときにまず相談する医療者がいないこと、誰に相談すればよいか分からないこと。この全てが当てはまっているように思います。

 

では今後、日本のヘルスリテラシーを高めるためにはどうすればいいのでしょうか?高めなくてもいいという意見もあるとは思いますが、私は決してそうは思いません。見つかっている課題からは国レベルで取り組まないといけないことがあるのは明確ですが、地域や個人単位でできることも多くあるはずです。今後、そういったあたりを探っていきたいなと思います。

 

もし興味を持たれた方がいらっしゃいましたら、最初に紹介した書籍「ヘルスリテラシー :健康教育の新しいキーワード」をぜひご一読ください。

ちなみに私が読んだ後はこんな感じになりました。付箋多すぎ(笑)

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