これからしばらくは認知症のBPSDの治療薬に関する文献と取り上げていきたいと思います。
BPSDに治療薬についての相談を受けることは多くあるのですが、それほど武器を持っておらず。少しでも幅を広げられたらな、と思いまして。
文献を読み進める前に、まずは周辺の知識を付けておきたいと思い、BPSDについて勉強しました。以下の文献がよくまとまっていると思います。
「認知症のBPSD」(高橋 智)
https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/publications/other/pdf/review_geriatrics_48_3_195.pdf
これをまとめたいところですが、ものすごく時間がかかりそうなので、今回は割愛いたします。
BPSDに対する抗精神病薬の使用についてはFDAより警告が出ていますので、まずはそれからみていきます。
どうやら2005年と2008年の2回出ているようですね。
エビリファイ(アリピルラゾール)のIFにこれらの概要がまとまっていましたので、よろしければご参考に。
ではまず、2005年のFDAの発表からみていきます。
Public Health Advisory: Deaths with Antipsychotics in Elderly Patients with Behavioral Disturbances(問題行動のある高齢患者の抗精神病薬による死亡)
http://www.fda.gov/drugs/drugsafety/postmarketdrugsafetyinformationforpatientsandproviders/ucm053171
<一部訳>
FDAは、非定型(第2世代)抗精神病薬による高齢認知症患者の問題行動の治療が死亡率の増加と関連することを決定づけた。オランザピン、アリピプラゾール、リスペリドン、クエチアピンによる、問題行動のある高齢者への合計17のプラセボ対象試験が実施され、15はプラセボ群と比べて薬物治療群における死亡率の数値的な増加を示した。これらの研究には5106人が登録され、いくつかの解析はこれらの研究による1.6-1.7倍の死亡率の増加を示唆した。これらの死亡の特定の原因の検討では、ほとんどが心臓関連イベント(心不全、突然死等)または感染症(大部分が肺炎)であることが明らかにされた。
この発表の元になった文献が見つかりませんでしたが、この発表に近い文献があったので、それを紹介します。
Risk of death with atypical antipsychotic drug treatment for dementia: meta-analysis of randomized placebo-controlled trials. - PubMed - NCBI
JAMA. 2005 Oct 19;294(15):1934-43.
PMID:16234500
P:認知症患者(アルツハイマー型、脳血管型、混合型、原発性)5,110人
E:非定型抗精神病薬(アリピプラゾール、クロザピン、オランザピン、クエチアピン、リスペリドン、ジプラシドン)の使用(3,353人)
C:プラセボ(1,757人)
1次アウトカム:プラセボ群と比較した非定型抗精神病薬群の死亡リスク比
1次アウトカムは明確か:明確。
2次アウトカム:・プラセボと各薬剤との死亡リスク比
・プラセボと各薬剤およびトータルの脱落率の差
評価者バイアス:「Data Extraction」に、「Trials, baseline characteristics, outcomes, all-cause dropouts, and deaths were extracted by one reviewer; treatment exposure was obtained or estimated.Data were checked by a second reviewer.」との記載があるので、OKか?
出版バイアス:MEDLINE,Cochraneから抽出。未公開のものも含まれている。言語は不明。
元論文バイアス:抗精神病薬とプラセボに無作為に割り付けられたプラセボ対象試験でかつ、平行群間、二重盲検が条件となっている。
異質性バイアス:特に問題なさそう。
結果
・1次アウトカム:オッズ比1.54; 95%CI 1.06-2.23; P = 0.02; I²=0%、
絶対リスク差0.01; 95% CI, 0.004-0.02; P = 0.01。
死亡率:118 [3.5%] vs 40 [2.3%]
・2次アウトカム(脱落):全体としてのオッズ比1.07 (0.88-1.30, P=.009; I2=51.4%)(薬剤別では、アリピプラゾール群がプラセボ群に比べて脱落が多かった(オッズ比0.71 (0.52-0.96) I2 = 5.9% (P = 0.35))
・2次アウトカム(薬剤別の死亡リスク):
アリピプラゾール オッズ比1.73 (0.70-4.30) I² = 17.2% (P = 0.30)
オランザピン オッズ比1.91 (0.79-4.59) I²= 0% (P =0 .85)
クエチアピン オッズ比1.67 (0.70-4.03) I² = 0% (P =0 .66)
リスペリドン オッズ比1.30 (0.76-2.23) I² = 0% (P = 0.45)
感想
・解析された文献は、「プラセボと16の抗精神病薬の対照群(アリピプラゾール(n=3)、オランザピン(n=5)、クエチアピン(n=3)、リスペリドン(n=5))を含む、一般的な期間が10-12週の15試験(9つが未公開)」であった。
・非定型抗精神病薬群の方がプラセボ群より死亡リスクが高かった。
・薬剤別のプラセボと比較した死亡リスクに有意差はなかったが、多い傾向にはあった。サンプル不足の可能性が高そうである。
・死亡の原因は不明
続いては、2008年の発表を。
FDA Requests Boxed Warnings on Older Class of Antipsychotic Drugs
(FDAは、抗精神病薬の古い分類にBoxed Warningを要求した。)
http://www.fda.gov/NewsEvents/Newsroom/PressAnnouncements/2008/ucm116912.htm
<一部訳>
FDAは本日、認知症高齢者の問題行動を治療するために定型抗精神病薬を適応外使用することと関連して死亡のリスクが増加することについて警告し、添付文書や表示の安全関連を変更することの製造業者への要求を、2007年の食品医薬品局改正法(FDAAA)に基づき行った。
両方の分類の薬剤への警告は、臨床研究によって、両方の分類の抗精神病薬を認知症に関連した精神症状の治療のために高齢者に使用するとき、死亡リスクの増加と関連することが示されたことを意味する。
物忘れ、物覚えの悪さ、なじみの物体、音、人を認識できないという認知症に関連した症状の治療に、どちらの分類の抗精神病薬もFDAは使用を認可していない。FDAは主に統合失調症に関連した症状の治療のためにこれらの薬剤を認可した。
最近、定型抗精神病薬にて治療された認知症の高齢患者の死亡リスクについて調べられた2つの観察的疫学研究が発表された。研究者は非定型抗精神病薬と抗精神病薬非投与群や定型抗精神病薬使用群の使用との死亡リスクを比較した。
なお、この発表の対象となった抗精神病薬のうち日本で発売されているものは以下のとおりである。
定型抗精神病薬
・プロクロルペラジン ・ハロペリドール ・ピモジド ・フルフェナジン ・クロルプロマジン ・ペルフェナジン
定型抗精神病薬
・アリピプラゾール ・クロザピン ・パリペリドン ・リスペリドン ・クエチアピン ・オランザピン
このFDAの発表の元になった2つの文献についてみていきます。
まずは1つ目。
Risk of death associated with the use of conventional versus atypical antipsychotic drugs among elderly patients. - PubMed - NCBI
CMAJ. 2007 Feb 27;176(5):627-32.
PMID:17325327
P:1996年1月から2004年12月までの間に抗精神病薬を使用し始めた患者37,241人
E:定型抗精神病薬を使用開始(12,882人)
C:非定型抗精神病薬を使用開始(24,359人)
O:両群間の180日での死亡率のハザード比
1次アウトカム:両群間の180日での死亡率のハザード比
2次アウトカム:明確な記載はなさそうだが、Table3に記載されているものが2次アウトカムと受け取れる。
交絡因子:調整されている。
結果
抗精神病薬による治療開始後180日以内の死亡リスク(非定型vs定型)
・その他:ハロペリドール群(vs非定型群)-ハザード比2.14, 95% CI 1.86-2.45(一番高かった)
ロキサピン群(vs非定型群)-ハザード比1.67, 95% CI 1.50-1.86(一番低かった)
感想
・1次アウトカムでは、非定型抗精神病薬に比べて、定型抗精神病薬でのリスクの高さが明らかとなった。
・治療開始後早い時期の方が、リスク比が大きかった。
・全ての薬剤についての比較を見たかったのだが、ハロペリドールとロキサピンのみしか記載されていない。ただ、一番低いロキサピンでもリスク比が1.67であり、非定型抗精神病薬に比べ、定型抗精神病薬のリスクがかなり高そうである。
2つ目
Antipsychotic drug use and mortality in older adults with dementia. - PubMed - NCBI
Ann Intern Med. 2007 Jun 5;146(11):775-86.
PMID:17548409
E:①非定型抗精神病薬使用(地域住民9,100組、長期介護4,036組)
②定型抗精神病薬使用(地域住民6,888組、長期介護7,235組)
C:①抗精神病薬非投与
②非定型抗精神病薬使用
O:30,60,120,180日後の死亡リスクのハザード比
・1次アウトカム:抗精神病薬投与開始30,60,120,180日の非投与群との死亡リスクのハザード比
・2次アウトカム:非定型抗精神病薬と定型抗精神病薬との死亡リスクのハザード比
上記2つのアウトカムについて、2つの居住環境(地域住民及び長期介護)の死亡リスクのハザード比
・交絡因子:調整されている。
結果
・それぞれ2つの居住環境の死亡リスクのみしか記載されておらず、合計でのリスクは不明(計算すれば分かるかもしれないが)。
感想
・脱落がかなり多い(定型>非定型>非投与)。これをどう捉えればいいのか…
・ただ、そのように症例が少ない中でもしっかりと有意差が出ている。
・地域でも長期ケアでも、どちらも差が出ており、このリスクは環境には依らないということが分かった。
・投与開始後短期間の方がハザード比の高い群間もあったが、そうでない群間もあり、投与期間による死亡率の差は不明確である。
全体を通して
かなり明確に死亡リスクについての差が出ていたように思います。FDAの警告については、内容を薄っすらとしか把握していなかったので、その重要性がよく理解できました。このリスクについてはしっかり把握しておかなければならないと感じました。
同様の報告がいくつかあり、そちらの報告の方がより詳細に書かれているものもありましたので、次回はそれらの文献を取り上げていきたいと思います。